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『 夏祭り 』
060810











「「「「お〜…」」」」
「お〜って…そんな珍しくもないだろ」
 先に立って道案内をしていた星野が、そう苦笑する。
「何か、久々にお祭りって感じだったから…」
 ほんの少し照れの入り混じった声で兵悟がそういうのに、一様に皆頷く。
 確かにそう思う。
 町の一角、道路を封鎖したりして行う祭りには、皆慣れ親しんでいるだろうけれど。
 縁日、夜店、神社。いかにも日本のお祭りといった風なのは、久々かもしれない。
 鳥居をくぐり、境内に入れば、早速といった夜店が並ぶ。
「お!たこ焼き!」
「やきそばっ!」
「じゃがバター!」
「かき氷!」
「とうもろこし!」
「わたあめ!」
「フランクフルト!」
「クレープ!」
「串焼き!」
「お好み焼き!」
「イカ焼き!」
「わたあめ!」
「「「「生ビール!」」」」
「何だよ、いきなり食い気?」
 いいけど、あんまり羽目を外し過ぎないようにね〜といかに保護者に慣れてしまったのか、とても言い慣れた口調の星野の声を背中に、思い思いの夜店へと高揚する気持ちのままに足を向ける。
「九時に鳥居前に集合ね!途中花火もあるからね!」
「「「「了解!」」」」
 一気に振り向いてそう返した皆に、ホント返事だけはいいんだから。とぼやいた星野に笑顔を向けた。
 今日は、夏祭り。


 どうして皆で夏祭りに行く事になったのか。
 それは半月ほど前に遡る。
 ひよこを卒業してトッキューになったって言うのに、誰かが当直にかかっていない日に、何故か皆で示し合わせたわけでもないのに、ここ最近星野の部屋に集まって。
「そりゃ、俺は学校が夏休みだから、比較的夜は家にいるけどさ。何もひよこの時みたいに俺の部屋に集まる事無いんじゃない?」
 そんな星野のストレートな苦情など何処吹く風。皆で前のように自分の場所とでも言うように定位置に座ったり転がったりとめいめいに寛いでいる時。
「コーヒー飲みたかね」
 メグルが畳に転がった状態で眼差しだけをちらりと星野に向ける。
「自分で入れれば?俺の部屋の台所もメグルの部屋と大差無いし、しょっちゅう来てるんだから、勝手がわかんないとかないだろ?」
 にこりと笑うが軽く不機嫌な調子。言葉に優しさの欠片も存在しない。そう返す星野に、メグルは口元を歪めるようにして笑うと、
「星野君のプライベートスペースを侵略する気はなかよ」
「台所以外もプライベートスペースだけど?思い切り侵略しまくってると思うんだけど?」
 笑顔を引きつらせてそう返すも、メグルは聞いていませんといった風情で、あー星野君のコーヒーが飲みたか〜と歌うように言うだけ。
「メグル」
「…」
「メグルってば!」
 聞こえないふりを押し通すメグルに、大きくため息をついた星野はそれでも立ち上がる。そんな風に甘やかすから、という空気が流れる中、そんな星野と目が合った。
 ん?
 何か考えているようすの星野に、眼差しだけで問い返す。と、
「皆も、飲む?」
 不意に視線をそらされて、頭の中に疑問符がわいた。…何じゃ?兵悟とタカミツは、そう言われれば断る理由は無いとでもいうように、飲む、と返事を返す。
「大羽、手伝ってよ」
 ワシも、と二人に習うかと思ったとき、そう言われて、あ、うん。と気が抜けた返事を返して立ち上がった。
 連れ立って台所に行き、星野がやかんを火にかけ、レギュラーの粉を用意するのに、使い慣れた戸棚から皆の分のマグを取り出す。
「レギュラーにするんか?」
 別にインスタントでも良かろうが?と思ってそう問うと、うん。と頷いた星野はさっきとは打って変わって上機嫌にこちらに向かって笑顔を向けた。
「インスタント切らしてるから!」
「…何じゃ?」
「え?」
「ワレさっきまでと全然違うぞ?」
 何が?と首を傾げるが、さっきまでイライラしてたような口調でメグルに接していて、そのメグルに言われての、コーヒーの用意だって言うのに。
 …ヤニさがっとる。
 そんなでれでれした顔を見るのは、別に慣れては居るが。
 そんな風な表情をさせる理由の、思い当たる事は一つしかなくて口を噤むと。星野はえへ。と笑った。
「…アホ」
「何だよ!アホって!」
 そう詰る言葉ではあるが、口調は至極楽しそうだ。
 皆がいてゆっくり二人の時間が取れないと、イラついていたのかと思えばそんな態度も星野らしいと思えるが、アホじゃ。
「そがあな事考える事無い星野に会うてみたいもんじゃの」
「え、無理。大羽に出会う前じゃなきゃ、無理だって」
 しれっと言い切って、沸騰したやかんを火から下ろすと、星野は楽しそうにフィルターの中のコーヒーの粉を湿した。
「それにね、言いたい事があったんだ。だから、皆が居て邪魔だなーって思ってたし」
「ワレはっきり言いすぎじゃろぉ…」
 思わずそう言うと、いいのいいの!だって二人の時間を邪魔してるんだから!と星野ははっきり言い切る。言い切りながら、今度は粉に湯を注いでドリップを始める。
 …確かにそうじゃが。
「あのね、官舎から車で少し行った所に、稲荷神社があってね。そこで毎年お祭ああるんだ。親戚が近くに住んでて、よく行ってたんだけど」
 星野はそこまで言うと、落としていた湯を止め。
「行かない?」
 二人で。の言葉は唇だけを動かして言う。全く、思わせぶりな態度を取りよって。と思いつつも、頬がかってに紅潮して行く。
「本家で浴衣が借りられるんだ。着付けは出来るから」
「そがあな…」
「たまにはいいじゃん」
 既にビジョンまで浮かんでいるのか、星野は至極嬉しそうな顔をしている。行かない訳では無いし、浴衣を来て夏祭りというのは、粋だ。嫌いじゃない。地元ではよくそうやって出歩いても居たものだし。
「ほうじゃの」
「本家にはクリーニング出してから返せばいいって言われてるし」
「…ん?」
 ちょっと待て。
「そのあと何処かつれて行くつもりか」
 ジロリ、と睨みつけると、あ。言っちゃった。と舌を出して、ほんの少しばつが悪そうな顔をする。ほんの少しか!
「浴衣来た大羽にムラムラ〜って良くあるじゃん俺なら!」
「開き直るな!浴衣着て、祭なんぞ絶対行かんぞ!」
「エー行こうよ!見たいよヒロの浴衣姿〜!」
「こら、星野!」
 皆の前では下の名前で呼ばないようにしているというのに!甘えよって!
「着てよ〜。ね!」
「着んし行かん!」
「オイ着たかよ。浴衣」
「「!!」」
 いきなりのメグルの声に、声の方向を見れば。戸口から覗いて、にやりと笑っている。
 その下には、トーテムポールのようにタカミツ、兵悟が覗いている。
「え…」
「あ…」
 何処から聞かれたかと青褪めれば、メグルはつめが甘かね〜とわざとらしく息を吐いた。
「星野君?」
「何?」
「コーヒーが遅かと思ったら、何いちゃいちゃしとると?」
「…」
「浴衣着て夏祭りに、オイも行くばい。良かろうもん?嫌とは言わせんよ〜。まぁその後何処に二人が消えても良かよ。オイの優しささね」
 夏祭りの件を殆ど最初から。メグルの言葉にくらりと眩暈がした。
「横浜の浴衣美人、可愛い子達とお友達になるったい!」
「おおお!」
「ご、ごめんね、星野君、大羽君…」
 メグルとタカミツが盛り上がる中、恐縮したようにそう言う兵悟だけれど、行かないとは一言もいわない強かさ。
 星野と顔を合わせると、予定が〜ヒロの浴衣〜…とさっきまでの元気は何処へやら。
 そんな星野と皆との様子を見ながら、何処かおかしくて。
「まぁ、諦めて本家に五人分の浴衣、用意してもろぉておけ」
「なに笑ってるんだよ…手配、するけどさ…」
 そんな風にして、五人で夏祭り、となし崩し的に決まってしまった。


「女の子って言っておきながら、食い気だもんなぁ」
 自分たちは参拝を済ませてからだけれど、どうにもすぐに夜店に物を買いに走ってしまった三人に対してあきれたような声で星野がそう呟くのに、苦笑いを浮かべながら、牛串焼きの乗ったスチロールトレイを分けるのに向ける。
「そうは言うても、勤務明けてすぐじゃけぇ腹も減るじゃろ」
 当直が入っていなかっただけで、それぞれ訓練や勤務が入っていたり。勿論休みの奴も居るが(幸運なのか不運なのか、兵悟だった)、それぞれを星野の運転する車で拾い、星野の本家に行って、着付けをしてもらって。
 腹が減らない訳は無い。
「飲むか?」
「笊でも飲酒運転になるし」
「ワクじゃろ」
 ビールを売っている露天を指差してそんな会話を交わせば、自然と顔がほころんで行く。
 紺地に薄グレーのストライプに白をベースにした角帯の星野は、肩が張っているからかよく浴衣が似合っている。一瞬見惚れて、それをごまかすように紙カップで買ったウーロン茶を口元に運ぶと、気が付いたか星野が笑った。
「笑うな」
「えー?」
「やっぱやらん」
「あ!俺の三浦葉山牛串!」
 くすくすと笑う星野の手から、トレイをもぎ取って、牛串を口に詰め込む。あー…とちょっと悲しそうな星野の顔に、ぷっと噴出した。
「ヒロ、酷い〜」
「ワレも食い気じゃの」
 そう言うと、星野は違うよ〜と首を大きく横に振った。
「俺はね、色気!見立てた浴衣、似合うなぁ〜って、今から抜け出してもいいぐらい!」
「…祭ぐらい堪能させぇ…」
 ほんに、困った奴じゃ。そう思いつつも、着道楽の人物がおるらしい星野の本家の人間と、大羽は和顔だから、とか何とか言いつつ、ああでもないこうでもないと行って最終的に星野が決めた、白の地に墨で水の流れと紺で波紋がデザインされた伝統柄とは違う浴衣は、実際星野の言うように袖を通せばよく肌に馴染んだ。
 織りの独特な紺地の帯を締めた時に、その柄を帯をだらしなく見せない気概で背がすっと伸びたのを憶えている。
「皆が居るから抜け出すわけに行かないけどね。荷物車にのってるし」
 残念!とわざとらしく溜息を吐く星野に、心の奥底ではそうじゃの。と同意しながら、
「ええじゃろ。星野の性欲に付き合うとっては、こっちの体がもたん」
 言われてすぐにえええ〜…と情けない顔をするのに、また笑わせられる。
 情けない様もなんだか愛しくなって浴衣のまま官舎に戻ってから、などと、ふとそんな事を考えた時に、どん!と大きな音がして振り返った。
「…花火…」
「あ、始まった。数少ないけどさ、打ち上げ花火、やるんだ」
 そう言う星野の言葉の合間合間に、それほど規模が大きくないが、次々に夜空に花が咲く。
 上がるたびに歓声が上がり、皆一様に顔を上げる。
「皆も見てるかな」
「なんか食いながら空見上げとるじゃろ」
 花火の音に負けないように、やや大きい声でそう言葉を交わす。
 祭囃子のBGMが流されていた境内は、花火の音でそれすら霞む。
 ヒューと尾をひく音がひときわ長く光も高い位置まで上がっていったのに、あぁ、尺球じゃ。そう思った時。
 地響きを伴う破裂音と同時に、覆い被さるように円を描く大輪の牡丹が夜空を彩った。
「…近いところで上げとるんじゃのぉ…」
 まるで火の粉が降って来そうなぐらい、天を仰ぐ位置で見た花火の感想を星野に話し掛けると。
「…?」
 返事が返ってこないのを訝んで、首を下げ星野を見ると。
「…?おらん?星野…?」
 隣で同じ様に空を見上げていた筈の星野が消えていた。


 何か買いに?と思って辺りを見回して。
「何でこがぁ古いもんが…」
 星野を探していたのだけれど夜店の露天商の売るお面につい目が行った。あまりにも懐かしい。自分が四歳頃の時分に売っていたヒーローのものが。
「今時こがあもんを売っても、売れんじゃろう」
 今の戦隊ヒーローがなんだかは知らないが、そういったものを売らないとと思った時。
 腿の所に、何か柔らかいものがぶつかった。
「あっ!」
「危ない!」
 咄嗟に手を伸ばして、そのぶつかった子供が倒れないように手を伸ばす。
「大丈夫かの?」
 そう声をかけると、その子供は紺色の甚平を着た男の子で、うん。と頷くと、頷いた割に不安そうな眼差しで、キョロキョロと辺りを見回した。
 迷子かの。
 こんな所で小さな子供が一人、キョロキョロと辺りを見回せば簡単に見当がつく。
 それにしても。
「よう似とる…」
 その子供は、情けない表情が、さっき牛串を食べそこねた星野にそっくりだった。
「…迷子か?」
 しゃがみ込んでそう話し掛けると、男の子はビクッ、と肩を震わせる。できるだけ優しい笑顔を作るよう心がけたんじゃが、地顔が怖いんは仕方が無いのぉ。そんな風に思って心の中で溜息を吐くと、少しの間を置いて、子供は頷いた。
 納得がいかないように歯を食いしばる様に、子供でもいっぱしのプライドがあって、自分が迷子なのを認めたくないんだろう。そう思わせる我の強い額と眼差しとに、つい笑みが浮かぶ。
「ボウズ、何て名前じゃ」
「…」
 頑なに口を開くのを拒むように、ぐい、と口角が下がる。確かに見ず知らずの人に名前を教えるのは抵抗があるだろう。
「ワシは大羽廣隆言うんじゃ」
 いきなり名乗られて、びっくりしてか男の子の口が惚けたように開く。そして、おおばひろたか、と一音ずつ確認するように口に出す。けれど、なかなか自分の名前を口にはしない。
「はは〜、あれか。まだ自分の名前も言えんのか?」
「言えるよっ!」
 男の子はそう言われて、急にむきになって食ってかかる。簡単な挑発に乗ったのう、と思いつつ待つと。
「ほしのもとい」
「…は?」
「ほしのもとい」
 耳を疑った。
 星野の名前と同じ。
 確かに世の中に、同姓同名の人間が居ないとも言い切れないが、どちらかといえば、星野の基の字はもといと呼ぶよりもときと呼ぶ事が自然で。
「われ、何て…もとい…?」
 顔まで似ていて、名前が一緒。何の冗談じゃ。
 動揺する自分に、ほしのもといと名乗った男の子は、一歩退く。
「…字、字はなんて書く?こうか?」
 手の平を広げてゆっくりと感じで星野基、と指で書く。男の子は頷いた。
「…嘘じゃろ?」
 何じゃ。時間を遡ったとでも言うんか。
 時間を知るもの、と立ち上がり辺りを見回すと。
 境内の一角に立てられた、看板。
「昭和六十一年、じゃと…」
 思わず、しゃがみ込んだ。その看板には祭礼が何年のものかを示していた。
 まさかありえないだろうと思った、それが当ってしまっていた。
 約二十年の過去移動。


「おにいちゃん…?」
 がっくりと肩を落としたのに、心配になったのだろう。もといが子供ならではの温かい手で、肩にそっと触れてくる。
 さっきまで迷子のもといの親でも捜してやろうという気持ちで居たのに、今はどうだ。自分が二十年もの時間の迷子になっている。
「…大丈夫?」
 子供ながらに優しい気持ちの持ち主なのか、その目には心配そうな光が宿っている。
 見知らぬ人を訝しんでいた子供の気持ちを変えてしまうほど、自分が落ち込んでいたのか、と、その行動を恥じた。
「大丈夫じゃ」
 根拠は無いが、子供にこんな表情をさせる訳には行かない。
「にいちゃんも、皆とはぐれてしまったんじゃ」
「…大人なのに?」
「大人でも迷子になるもんはなるんじゃ」
「おにいちゃん迷子?」
「ほうじゃ、もといと一緒じゃの」
 大人なのに〜とそう言って、柔らかな手の平を口元に持っていって、もといが笑う。
 星野め、笑い顔が子供の頃から変わらんの。一瞬ドキリとして、けれど子供なのでそれ以上の感情はわく事は無く、ほうじゃ、迷子じゃ。と繰り返す。
 同じ迷子、しかも大人。と言う事で気持ちも解れたか、警戒の色はもといから消えていた。
 が、こうしていても、もといの親が見つかるわけでは無い。
 差し迫って、近くに親が居る迷子のもといの方が対応できるならしてやったほうがいい。
 自分の状況はありえない状況で、だからといって何時までもパニックに陥っていても仕方が無い。
 帰れなかったら。そんな恐怖感は確かにあるけれど。身の上に起こってしまった異常、ある程度で、自分の状況に見切りをつけなければ何も出来ない。
 もしかしたら、一時だけで帰れるかもしれんしの。
 なるべく明るく考えて、よし!と大きく声を出す。
「もとい」
「ん?」
「誰と来たんじゃ」
「パパとママと、お姉ちゃんたちと…」
 確認した事で急に心細くなったのか、語尾が消えそうになる。でっかい目が湿って、うるっとなっている。
「何処ではぐれたんか分かるか?」
「多分あっち…」
 もといはそう言いながら、境内の奥を指差す。
「うーん…」
 もといの親御さん達ははぐれた場所付近を、探しているかもしれない。それに確か、自分が居た世界では、境内の奥の社務所脇に氏子の詰め所のテントがあった。そこで迷子の事を聞けるかもしれない。境内の放送で呼びかけてもらえるかもしれないし。
「もいっぺん、行ってみるか?」
 そう言うと、もといはこくり、と素直に頷いた。
「よし行くか!」
 もといを勇気付けるように、なるべく朗らかな声を出して笑いかけると、手を繋いだ。
 緊張のためか、やや冷えた手の平だったが、それはそれ、仕方が無い事だろう。


 道すがら、もといの両親らしき人物は見つけることが出来なかった。仕方なく、詰め所へと向かう事にして、境内の奥へ奥へと歩いて行く。
 社務所脇のテントが見える位置まで来ると、やはり同じ様に迷子になったらしい子供が何人か来ていた。
 不安のためか、皆眉が下がったもといと同じ様な表情を浮かべていたり、中には泣いている子供も居る。
 祭の喧騒から少し外れて静かなスペースに、思いのほかに悲しげに泣き声が響き渡るのを聴いて、基も不安になったんだろう。繋いだ手の平をぎゅう、と握って来た。
「迷子ですか?」
 長くその様子を見つめてしまっていたんだろう。係になっているらしい女の人がそう言いながらこっちに近付いて来た。
 その女の人を見て、もといは安心するどころか、ますます手の平に力を入れて。
「もとい?」
 声をかければ、不安そうな眼差しでこちらを見上げる。
「…行きたくないか」
 女の人に聞こえないようにそう囁くと、もといはかすかにではあるけれど、頷いた。
 本当は良くない事だと分かってはいたけれど。
「いいえ、違います」
 はっきりとそう言うと、女の人は歩を止めて、そうですか。すいません。と言うと、またもとのテントへと戻って行った。
「…ええんか?」
 確認するようにそう言うと、もといはぺこっ。と頭を下げる。
「もしもワシが変な奴じゃったらどうするんじゃ」
「変な人はそういう事言わないと思う」
「…生意気言いよって!」
 もといの髪をそう言いながらわしゃわしゃとかき混ぜると、もといは笑いながらきゃあきゃあとはしゃいだ声を上げた。
 …これは、夢みたいなもんじゃろな。
 しゃがみ込んで、身長の低いもといと向かい合う。
「もとい」
 普段星野をもとい、なんて照れ臭くて呼べやしないというのに。もといは名前を呼ばれて、子供っぽい仕草で、首を傾げる。
「何?」
「おにいちゃんじゃのうて、ヒロでええぞ」
「ヒロ?」
 星野であるけれど、自分が知って好いている星野ではないけれど、おにいちゃんと呼ばれるのは年齢としては当たり前の筈なのだけれど。
 ヒロ、がいいと。
「迷子仲間じゃけぇな」
「…うん!ヒロ!」
 もといはそう言うと、満開の笑みを向けた。
 ほんに、今と変わらん。いや、今は子供のもといの時間じゃけぇ、の。未来も変わらん、じゃの。
 何だかいろんな事がおかしかった。だから笑いながら、もといと夜店の方向に戻った。


「じゃあ、パパとママを探しつつ、遊ぶかの!」
「うん!ヒロ!行こ!」
 すっかり子供らしい温度になったもといの手に手を引かれて、境内を歩く。
 遊ぶとは言ったものの。
「ちょ、ちょっと待て?もとい」
「うん」
 もといと手を離して、懐に入れた財布を探る。
 二十年も立てば紙幣は大きく様変わりをしているから。
「貨幣の、百円と、十円ぐらいしか使えんかの…」
 財布の中にはお金はあるけれど、今の世界では紙くず同然だから。貨幣を探ると、心もとないとしかいえない金額しか入っていない。
「もとい」
「何?」
「悪いの、ワシゃ貧乏じゃ…」
 財布の中には百円が七枚入っていた。…この際年号は考えんようにするかの。
「おれと一緒!」
「ん?」
 持ち金を見せると、もといは甚平の内側のポケットに入れていたお財布から、百円を取り出して見せた。
 両親が持たせたんだろう、子供向けのキャラクターが描かれた財布の中にはコロンと百円玉が三枚入っていた。
「…一緒じゃの」
「一緒!一緒!」
 もといは一緒だと喜んで、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。が、子供の金に手をつけるわけにはいかん。
 二十年前物価が多少安いから、なんとか…
 暫し首を捻る。
「もとい、何したい?何が欲しい?お金はちょっとじゃけぇ、大事に使って考え」
 真面目な顔でそう言うと、もといも真面目な顔になってこくりと頷いた。
「よし、いい子じゃ」
 くしゃりと頭を撫でると、ふわり、とわらって嬉しそうな顔をした。少しさっきまでの趣とは違って、それでも、見覚えがある笑顔。
 気にはなったが、立っていても埒があかない。
「…とりあえず、見てまわるかの」
「うん!」
 そう言ったもといから手を伸ばされて、手を繋いだ。


「金魚!」
 暫く歩くと、声と一緒にグン!と手が引かれた。
 町内で出店を出しているらしい、テキ屋よりもやや安価の金魚すくいに子供が群がっていた。
「金魚欲しいんか?」
「…マンションだから、犬も猫も飼えないの…」
 子供は生き物を飼ってみたいという気持ちを、一度は持つだろう。自分もそうだし、家には犬が居たから、その感情は満たされたけれど。無ければ欲しただろう。
 夜店の金魚は長生きはあんまりせんのじゃが…
「するか、金魚すくい」
 そう言うと、ぱあっ!ともといの顔が明るくなった。
「すいません、二つ」
 ブルーのポリ容器で出来た池の前に立ってそう声をかけると、硬貨と交換に二枚のポイを渡される。二百円。
 もといはポイを渡される前からポリ容器の中を覗いて、客引き用の黒出目金を夢中になって目で追いかけていた。
 あれを狙ったら、すぐ破けてしまうのぉ。まぁ、仕方ないが。ワシじゃって子供の時はそうしたけぇの。
「もとい。よう見とけ、こうするんじゃ」
 浴衣を肩まで捲り上げて、ポイを右手、アルマイトの器を左手に持つ。
 ポイを水で十分に湿してから、水の中をゆっくりと横に移動させ、金魚が乗ったところを掬い上げた。
「わぁ!」
「ホレ、一匹!」
 もといはキラキラした目で、薄黄色い金属光沢の器の中の金魚を見ている。そんなもといに、二匹、三匹…と続けて五匹まで掬い上げる手本を見せてから。
「やってみろ」
「うん!」
 もといは、ぎこちない手つきで、それでも見せた手順を守って金魚に向かった。
 けれど、やっぱり子供で。
 目が欲しがっていた黒出目金に手を出して。
「あっ!…あ…」
 もといの持っていたポイは、すくう事が出来ないほどに大きく破れてしまった。
 もといは、大きな目を瞬かせて、破れてしまったポイを見詰めている。
「はい残念、赤いの一匹ね〜」
 そう言って、透明ビニールで出来た金魚を入れる袋に水と、小さな赤い金魚が入れられて、ポイと交換にもといの手に渡される。蛍光ピンクの紐をぎゅっと掴んだもといは、泣くのを堪えていて。
 もう一枚買い与えてやる事は簡単に出来たのだけれど。少し迷って、声をかけた。
「もとい」
「ん…」
「ワシがとってやるけぇ、の」
「…ホント?」
 泣きそうだったもといは、顔をこっちに向ける。
「頑張るけぇ、応援しとってくれ!」
 取れるかどうかは、定かでは無いけれど。もといの横顔を見ているうちに、とってやりたいと思って。
 そう言えば星野にも、そんな風な顔をされると弱いの。と思いつつ、一度大きく息を吐いて邪念を払う。
 ゆっくりと、ポイを沈めて、黒出目金の通り道になるであろう場所に固定する。
 黒出目金は尾をゆらゆらと動かしてはポイの近くを通るが、掬い上げるには難しい位置。
「ヒロ、ヒロ頑張れっ!」
「おう!」
 もといの声援に応えるが、そろそろポイがヤバイの、と思った時、黒出目金が丁度狙った位置を。
「っ!って、あぁ!」
「落ちちゃった〜…」
 掬い上げたまでは良かったが、器に入れようとした瞬間、最後の抵抗とばかりに黒出目金がポイの上で跳ね上がり、無残にも池に戻ってしまい。
「破れた…」
 限界だったポイも、穴が開いた。
「悪いの…もとい、出来んかった…」
 素直にもといに頭を下げると、もといはうん。と頷く。けれど、やっぱり泣きそうだ。
 もう一回。と財布を探ろうとした時、
「あの」
 破れたポイと引き換えに金魚を渡してくれていた人に声をかけられた。
「はい?」
「金魚五匹と、換えますか?」
 そう言って指を指したのは、さっき取り逃がした黒い出目金。
「ええんですか?」
「掬い上げていたのに逃げられてますからね。でも赤いのもって訳にはいかないですから、交換。僕、袋貸して」
 もといは声をかけられて、おずおずと自分の持っていた小さい赤い金魚の入った袋を渡す。
 その袋の中の水を少し抜いて、また新たに水ごと黒い出目金が袋の中に入った。
「はい僕、よかったね〜おにーちゃんが僕に取ってくれたよ〜」
 袋を渡されながらそう言われているけれど、もといは頷くのが精一杯で、出目金の入った袋に目が釘付けになっている。
「ありがとうございました」
 何時までもポリ容器の池の脇に陣取っているわけにもいかないから、お礼を言って立ち上がり、もといの手を引く。
 もといはビニールを目の高さに持ったまま、手を引かれてふらふらと歩いていた。
「ほれ、転んだら金魚が死んでしまうけぇ、ちゃんと持って歩け」
 死ぬ。の言葉にもといはびくんとなって、慌ててビニール袋の口まで握りこんでしまう。
「それじゃあ息が詰まって死ぬぞ。紐の所持てばええんじゃ」
 言われて、もといはピンクの紐の部分を手に持つ。
 けれど気になって、時々立ち止まっては、ビニールを持ち上げて見て、にこりと笑う。
「良かったの」
「うん!」
 大きな声でそう返事を返すもといに、思わず顔がほころぶ。
 もといはこっちが笑っているのを見て、より笑顔を深くして。
「黒いのがヒロ。赤いのがおれ!」
 そう言って、こっちに向かって袋を突き出す。
「…黒いのがワシか?」
「うん!おっきいのだから!おっきいのヒロ、ちっちゃいのおれ!」
 そう口にしては、もといは至極嬉しそうに笑う。
 そんなもといにつられて、こちらの笑みも深くなる。
 ビニール袋の金魚は、ゆらゆらと泳いではビニールに当って方向転換を繰り返していた。


 鉄板の上でソースの焦げる臭いがして、思わずごくりと咽喉が鳴った。
 そう言えば花火の前に牛串とウーロン茶しか胃の中に入れていないのを思い出すと、余計に腹が減る。
「ヒロ?」
 手を繋いだもといが、こちらの顔を見上げて来るのに曖昧な表情を見せる。残金五百円で何か買えるかの。と思って見れば、さすが二十年前の物価で、軽食物は二、三百円と安価だ。
「もとい、腹減っとらんか?」
「お腹空いてる!」
 子供らしいはっきりとした意思表示に笑みが漏れる。
「何が食いたい?」
「えっと、たこ焼き!」
「たこ焼きか」
 近くにたこ焼きの屋台はあったか、とキョロキョロと見れば、少し歩いた先にたこ焼きとかかれた屋台が見えた。
「何処か座って食うか?」
「うん」
 パリパリと音を立てるパックを受け取って代金を支払い、ベンチを探して少し歩く。
 殆どのベンチは人で埋まっていたが、何とか空いている場所を見つけてもといを座らせると、パックを開けた。
「いいにおい〜」
「熱いけぇ、冷まして食え、金魚は預かるけぇの」
「うん」
 返事はいいが、食べ物を前にして空腹を憶えたのか、もといはアツアツのたこ焼きにかじりついて、顔を顰める。
「ほれ、言うたじゃろ」
 もといが爪楊枝に刺したままのたこ焼きを持つ手を掴んで、フーフーと息を吹きかける。
「そろそろええじゃろ」
 そう言って手を離すと、もといは食べやすい温度になったたこ焼きを頬張った。
「んまいか?」
 問い掛ければ、口いっぱいに入っているからとこくこくと頷く。ようやく飲み込んでふーとひとつ溜息を吐いたもといは、
「ヒロは?」
「ええけぇ、もとい食え」
 そう答えると、もといは大きいたこ焼きをひとつ爪楊枝に刺すと、一生懸命、といった表情でフーフーと吹き始めた。
「大きいけぇ、冷ますんは大変じゃのぉ」
 真剣な眼差しでフーフーと息を吹きかけているもといの様子に思わずそう言うと、
「はい」
 もといはにこりと笑ってそのたこ焼きをこちらに向けた。
「…何じゃ?」
「ヒロも!あーん」
 食べて!と眼差しが強く訴えるのに根負けして、その差し出されたたこ焼きをひとつ頬張る。
「おいし?」
「あぁ、美味いぞ」
 そう答えると、わが身の事のようにもといがふわりと微笑んだ。大人びた顔で笑うその顔は、さっき気になった笑顔と同じで。またひとつ楊枝に刺してフーフーと息を吹きかける様をじっと見ていたら。
「もっと食べる?はいあーん!」
 邪気のない笑顔であーんと言われれば、無碍に要らんとも言えずに再びたこ焼きを食べるはめになり。
「もう、もといが食え」
 慌てて飲み込んでそう言うと、もといは素直に頷いて、また真剣な眼差しでフーフーとたこ焼きを冷ましては口に運んだ。
 そんな様子を眺めながら、ぼんやり大人の星野とは絶対に出来んのぉ。などと考えた。


「あ」
「どうした?」
 たこ焼きを食べ終えて、空ケースのゴミをゴミ箱に捨てると、基があ。と声を上げた。
 視線の先を辿れば。
「りんご飴か」
 姫りんごと、普通のりんごに、赤や緑の着色料の入った飴のかけられたものが、竹串や割り箸に刺さって置いてある。
「食いたいか?」
 たこ焼きの殆どを食べたし、子供の胃ならそうそう腹が減っているとは思えんが。そう思いつつ尋ねると、もといは首をブンブンと横に振った。
「…いい」
 口調が全然、要らんと言っとらんの。内心笑いながら、
「ほうか」
 と屋台の前を通り過ぎようとすると、やっぱり欲しいんだろう。正直に足の進みが遅い。
「もとい」
「何?」
「ちっさい方で良かろ」
 最後に残った二枚の硬貨を財布から出すと、露天商に渡す。
「好きな方の色、選べ」
 もといは暫く迷うと、赤くつやつやとしたりんごの飴を手にした。
 その嬉しそうな様子に笑みが零れる。大人になってしまえば着色料だらけのりんご飴など食べたいと思うことも無いのだが。
 もといは買ったりんご飴を大事そうに持つと、てくてくとまた歩き始めた。
「食わんのか?」
「あとで大事に食べる」
「ほうか」
 もといはそう言って、袋越しからでも濃密に香る甘い飴の香りを嗅いで、そのつどこちらの顔を見てはにこり、と笑う。
「嬉しいんか?」
「うん!」
「そがあにりんご飴好きなんか?」
「うん!」
 元気の良い声に、買うてやって良かったとこちらも素直に思えるからにこりと笑うと、もといはぎゅっ。と手を握ってきた。
「もとい?」
「ありがとう、ヒロ。大好き」
 やけに大人びた口調で、吃驚する。思わずもといを見ると、もといは。
「あっ!」
 急に何かを見つけて、するり、と握っていた手の平を解いた。
「パパ!ママ!」
 あぁ。基が駆けて行く方向を見ると、憔悴した表情の若い夫婦が『基!』と、声を上げているのが見えた。
 良かった。
「帰れるの、もといは」
 両親に代わる代わるに抱き締められているもといを見て、安堵と、そして少しだけ寂しさを込めた溜息を吐く。
 もといは興奮しているんだろう、頬を真っ赤にしながら、りんご飴と金魚を見せて。そして。
「ヒロ!」
 そう言って、両親に教えるようにこちらを指差す。
 両親がこちらを見たのに、安心させるように笑って深々と礼をすると、少し離れた状態でもといの両親も深く頭を下げた。
 挨拶でもせんといかんかの。そう思って、近付きかけた時。
 どん!と花火が上がった。
 思わず、音のする方向に視線を向けると、ヒューと打ち上がる音が間髪入れずに聞こえて、そして。
 大輪の花火が夜空に。
 火の作り出す危なげで儚い美しさに目を奪われていると、
「そうだね、上げてるのけっこう近いから、下から円くって感じに見えるよね」
 …星野?
「モト…?」
「え?どうしたの?ヒロ。そんな驚かないでよ。さっきから隣に居るのに」
 驚きの表情のままに声の方向を見れば、星野が逆に吃驚した、という表情で、隣に居る。
「…戻って来たんか…」
「え、何?どう言う事?」
「未来で待っとった…」
「え、何?ジブリ?ハウル?いきなり何?」
 混乱する星野をよそに、さっきまでもといの手を握っていた手の平を見る。
 まだ温かく、しっとりした感触が残っているけれど、あれはもう二十年も前の、過去。いや、それとも夢?
 打ち上がる花火に照らされながらそんな事を考え、暫くその手の平を眺めていれば、だんだんとその感触は淡く曖昧になる。
 やっぱり夢だったんじゃろうか。夢ならあまりにもリアルな夢で。けど、夢でないはず。
「そうじゃ…!」
 夢じゃないなら!そう思って慌てて財布の中身を探れば、財布の中の百円は綺麗に無くなっていた。
「夢じゃなかったんじゃ…」
「え、今度はトトロ…?」
 訳が分からない、といった様子で問う星野に、にこり、と笑いかける。
「え?」
 そして、皆が花火を見上げているのを確認してから、もといと繋いでいた手を、星野と。
「えぇ!?」
「花火の間だけ、こうしとってもええじゃろ?」
「勿論!」
 星野は勢いよく首を縦に振る。
「でな、金魚掬ってくれ。で、たこ焼きとりんご飴買うてくれ」
「えっと、いいけどヒロ…?どうしちゃったの?」
「モトはワシに借りがあるけぇの、返してもらうんじゃ」
 ますます分からないよ。といった情けない表情の星野を見て、迷子の時も同じ顔をしよって。と笑う。
「モト」
「何?」
「…あとで話してやるけぇの」
 どう話せばいいだろう。たった一瞬の間の間に二十年を越えて星野に会ったかも知れない事を。
 その星野に、好きだといわれた事を。
「そういやモトは、モトなんじゃの」
「…もー訳わかんないけどいいよ。話してくれるとき分かるんでしょ?」
「おう」
「じゃあその時に。今は花火、楽しもう」
「ほうじゃの」
 その時、二十年前の告白に答えを返したら、星野はどんな顔するじゃろか?
 少し、楽しみじゃ。
 そう思いながら手を握れば、応えるように星野も握り返して来た。
 きっとこんな答えのはず。








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