『 サンキューベイビーロリポップキャンディ 』
2006.04.14 Friday | category:星大novel
それは、十四日の仕事中の事。
「大羽。バレンタインのお返ししたのか?」
頭上から急に降ってきた声に、一瞬度胆を抜かれた。何でワシが星野からチョコレートを貰った事を知っとるんじゃ…?と一瞬考えて返事を返すのに間が開いてしまったのは、だから仕方がないことだったんだ。勿論声をかけた人物は、そんなこと頭の中になんか考えもしていないはず。この人にだけは確実にばれていないだろう。
「な、いきなり何言うとるんじゃあ隊長は」
うっかり敬語を忘れて、心の中で舌打ちをする。
けれど本人は気にする様子もなく。突っ込みは無いので、少しだけほっとする。
思わず力を入れて握り締めてしまった書類の皺を伸ばしながら振り返りつつ見上げると、
「なんだ。やっぱ彼女居るんだなぁ〜大羽は。誰だ。どんな子だ。可愛いのか?美人なのか?今度飲み会呼べ!紹介しろ」
ガシッとでかい手で頭のてっぺんを掴まれて捲くし立てられると、聞いてんのか〜と掴まれたまま揺らされた。
…紹介できるか。かと言って今、『恋人なんて居ません』と否定してしまうのは…星野の笑顔が頭の中に浮かぶ。
…嫌だ。彼女。と誤解しているのならば。とそう思い、
「隊長には、スマンですが紹介できません」
「もったいぶるなよ〜な?いいだろ?別に取って食いやしねぇよ」
きっぱりと断りの意思表示をしたのに、隊長はしつこく絡んでくる。
しかも目が何処となく真剣みを帯びているのは気のせいだろうか。
しかし何に対して?そう思っていると。
「うわ!」
「いい加減大羽に絡むのは止めたほうがいいですよ。大人気ない」
自分の視線の先の隊長の顔のあるはずの部分が青く変わる。
ファイルだ。と気が付くのにさほど時間はかからないし、かけられた声は、隊長に対しても凛と厳しい声。
「んだよ副ちゃん〜邪魔すんなって」
「邪魔!邪魔と言いますかニ隊長」
「だからその呼び方止めろって。副ちゃん」
「副ちゃんと呼ぶのを止めればちゃんと苗字で呼ばせていただくつもりですよニ隊長」
また始まった。の隊長と副隊長の掛け合い。
ニ隊名物だな〜と面白がった声が四隊の隊長から上がったような気がするが気だけじゃないだろう。
あちらの隊長もあちらの隊では悩みの種になっているだろうが、それぐらいでないとトッキューの隊長はやってられないかもしれないと思う事にしたと、先日元ひよこの面々と語り合ったのは記憶に新しい。
自分から興味が移ったのをいい事に、皺を作ってしまった書類に向き直る。
正直邪魔でもあるのだ。隊長の絡みは。
そう考えた矢先。
「ほら、大羽いいもんやる」
書類の上から、ずい!と透明なプラスティックの包装に包まれた物が押し付けられた。
「な?何ですか?」
「見てわかるだろ。棒つきの飴だよ、飴。彼女にやると喜ばれるぜ?きっと」
プラスティックの箱の中には、色とりどりのロリポップキャンディが、細く切った緩衝材の上に六本、リボンで括られて置かれているのが入っていた。
一本一本個包装されたそれは、片面が透明で、もう片方は銀色のパッケージで、銀色の面には、淡い色彩で絵が描かれている。
苺、レモン、メロン、グレープ、オレンジ、ソーダ。
子供の頃食べた記憶のある、舌を出したキャラクターが有名な菓子メーカーのキャンディに似ているが、こんな物をセミハードなプラスティックケースに包装するのだろうか…?
「どーだ?」
隊長がにやりと笑うのに愛想笑いで返す。
飴を?今時女の子が飴ぐらいで喜ぶとは到底思えないけれど…
「二隊長!」
「るせぇなお前に関係無いだろ。副。お前だって過保護すぎるんじゃねぇの?」
「あ、ありがとうございます!ありがたく頂戴しますけぇ!」
考えこんでいる脇で二人がまたいい居合をはじめかけたので、急いで机の中に仕舞って礼を言う。
その返事にうんうんと頷く隊長と、訝しげな顔をする副隊長を見て、もう一度ペコリ。と頭を下げ、もう終わりだと言うように机に向き直れば、もう隊長は声をかけてはこなかった。
やれやれ。心の中でそう呟くと、自分の仕事に戻った。まだ、知らなかったから。
*****************
「え?」
「隊長に貰うたので悪いが、彼女に渡すと喜ぶ言われたけぇ、その、一応、モトに…」
なんだかんだ言ってバレンタインのお返しを買っても居なかったのもあって、本当は別に考えていたのもあるが…かと言って何も言わずに渡すのも悪いようなそんな気になりながら差し出せば、一瞬驚いた顔をしていた星野が、複雑な表情で苦笑しながら、ありがとう。と受け取る。
そして直ぐ様パッケージを見ながら、酷く訝しげな声を上げた。
「…隊長さんに貰ったの?」
「…?あぁ」
星野の確認するような、少し強く変化した口調を疑問に感じながら、応。と返事を返す。
星野はううん。と呻くような困ったような声を上げるから、なんだか分らなくて星野の顔を覗き込むようにしながら近付くと。
「気付いてない?」
「何がじゃ?」
星野の問いかけに問い掛けで返すと、星野は天井を仰いでああ、もう。と呟いた。
「…何じゃ」
星野の声にあきれた感情と、そして微かな怒りにも似た調子を感じ取ってより問えば、星野は無言でセミハードのケースを開け、キャンディを取り出し。
くにゅり。とキャンディを曲げた。
「!?」
思わず目を見開くと、あぁ、気付いてなかったんだ。と星野は呟いて、苺のイラストの描いてあるパッケージを開いて、飴…いや、飴だとばっかり思っていたそれを摘み上げて。
そして、円の中心を摘んで広げた。
「!!」
声にならずにそれを指差す。パッケージを開いた瞬間に、頭痛を引き起こしそうなほど強く甘い苺の香りがした。
けれど、星野が広げたそれは、お馴染みの品物。
「へー味もあるんだって…うわ、まっず。甘苦い…合成の薬品臭い味がするよ!」
「舐めるな!」
ゴム、スキン、コンドーム。まごう事無き避妊具が。
「セクハラで訴えてもいいよね〜」
隊長さんを。星野が少し怒りを含んだ目をして、ぷうとコンドームを膨らませる。
いびつに膨らんだそれをきゅっと括ると、ピンクの風船になった。
「変な形。って言うか、丈夫だよね〜」
星野はそんな事を口にしながらそのまま次々に、パッケージを開けて。
「使い物にならんぞ?」
「だって使わないもん」
不味い。と言いながらぷうぷうと膨らませては、部屋に散らばるいびつな風船。
何で、と聞き返したいような気持ちにもなったが、下手げに突付けば…そのなんだ。…いや嫌いじゃないが、どうにも恥ずかしい行為に移行してしまうんじゃないかと思うと、下手に聞けない。
そんな事をつらつらと考えていたら、最後の一つを膨らませてぽい。と放り投げた星野が、さも当たり前の口調で言い捨てた。
「悪いけど、隊長さんが用意したもの使う気無いし、変なもの大羽の体に触れさせたく無い。ローションの成分なに使ってるか分らないし、外国製品っぽかったしさ!」
そう一人で憤慨すると、真剣な眼差しでこちらを見て、きっぱりと断言した。
「変なものは使いません。大羽の体が大事だからね」
そんな事を主張されても。
と、思う。
真面目だから尚更。体の事を気を使っているといわれても、思わず痛くなった頭は、コンドームに使われていた香料だけが原因じゃないような気がするが。
「…モトはアホじゃの」
「なっ!酷い!」
「アホでもワシはええけどな」
そんな事を言われて許してしまう自分も相当いかれている。
「んじゃあ、バレンタインのお返し、貰っていい?ゴムは嫌だよ。ヒロがいい」
「…えぇ、ぞ」
笑みを浮かべた星野から伸ばされた腕に、委ねて目を閉じる。
本当は元々、そのつもりでいたから。
END
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