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『 春の宵、君と二人で 』
050409










 陸での通常勤務を終えて、自転車に乗って官舎に帰る。
 日中の温度は春を通り越して真夏日近くまであったりもするけれど、夜は春の宵の温度。自転車を飛ばせば頬に当たる風が少しだけ肌寒いけれど、それでも春めいている。
 木々や草花の若い緑が淡く目に優しく、桜の花も開花宣言を受けて三分から四分咲きと言った所。
 ジップアップしたジャケットの襟元に顔を埋めるようにしてこいでいた自転車のスピードを緩めて、ほんのり色づいた桜の枝を眺める。
 そこかしこに点在する染井吉野は、戦後の復興であちこち植えられた物が多く、テレビで樹齢としてはもう盛りを終えていると言っていたが、ただ見る限り到底そうは思えない。
 艶やかに咲き誇る兆しを見せ、目に楽しい。
「花見、行きたいな…」
 ぽつり、とそうもらす。
 桜の花は散り際が最も美しい。
 もう一週間もしないうちに満開になって、そして散ってしまうだろう。
 けれど、明後日から短期間ではあるが洋上勤務。
 陸に戻ってくるのは、染井吉野は葉を見せて、八重桜が咲く頃だろう。
 そしてすぐに学校が始まるから、忙しくなるだろうし、ヒロと一緒に花見に行きたかったけれど、無理。
 残念だけれど仕方が無い。
 ペダルに力を入れて、スピードを上げる。
「あ…れ?」
 官舎の敷地内の小道を曲がって、自分の棟の階段口に誰かが立っているのが見える。
「お帰り。遅かったの」
「…ヒロ、どうしたの?」
 ん。と返事をしたヒロは、片方の手にコンビニの袋。もう片方の手には缶ビール。
「待っとったんじゃ。ビールが温くなる前でえかった」
 待ちきれのぉて一本飲んでしもぉたけどのぉ。そう独り言のように言って、笑う。よく見ればアルコールで少し頬が赤い。
「何で?」
「…花見、行かんか?」
 そう言って、ヒロは少しだけ視線を逸らす。
 花見。
「夜桜?って、でも…」
 今からの時間、桜の名所に行くには遅いよなぁ…
「別にどこでもええ。モト、行くか行かんか?」
 思っている事を察したように、ヒロが言う。
「…行く」
 ヒロが何を思っているか分からないにしろ、誘いを断るなんて事はしない。
「なら、自転車置いて来い。飲酒運転になるけぇ」
「ハイハイ」
 言われるまま駐輪場に自転車を置きに行き、ワイヤーとチェーンでロックする。
「ビール」
「サンキュ」
 ゴロゴロとビールだけが入った白い袋を持って歩くヒロの隣に並んで歩きながら、受け取ったビールを手にする。
 そんなに長く待っていなかったんだろうビールは冷たく冷えて、缶の表面にほんのり汗をかいている。
「モトがよく夜走ってる所に、桜何本かあるじゃろ。そこ行くか」
「うん」
 ロードワークをするのに使っている道は、車の往来が激しくなく人通りもまばらで、道行く人達の邪魔にならないから、走り込むのに利用させてもらっている。
 凡庸な街路樹ばかりが並んでいるけど、街路樹とは別に桜の木が少しあるし、一旦休憩にも使う公園にも、何本かの桜が植えられている。
 そこまで、少しあるけれど。
「ビール、足りとるか」
「歩いてるんだもん、そんなに飲むペース早くないよ」
 二言三言、言葉を交わしながら歩く。
「…俺何も食べて無いから酔い早いかも」
「悪いの。つまみになるもん買ってこんかった」
「いいよ。これ驕りだろ?いっぱい飲もうっと」
「モトは強いけぇ…」
「ヒロだって酔いつぶれないくせに」
「酔いつぶそうと思って飲ませとるんか」
「違うけど。…エビスある?」
「空んなったんか?」
「うん」
「ほれ」
「サンキュ。スーパードライも嫌いじゃないけどね」
「けど何じゃ」
「味わい深いほうが好きなんだよね」
「贅沢もん。ワクなら発泡酒でえかろ」
「ワクって何だよ」
「笊の網の部分が無い事じゃ」
 取り留めない会話が、心地いい。
 ただヒロと居るだけでも嬉しいし、それにビールの酔いも手伝って、余計に。
「モト」
「何〜?」
「通り過ぎる気か?」
「あーごめんごめん。なんだかヒロといるのが嬉しくてさ」
 にへら、っと笑ってそう言うと、ヒロは酔いとは別の意味で顔を赤らめたけど、俺が言う事に否定は返さない。
 それが嬉しくて、ビールを持っているから片手でヒロの背中からぎゅっと抱き締めると、流石に逃げられた。
「誰も居ないのに〜」
「るさい!」
 はいはい。
 大人しくビールの缶を口にもって行く。
 満開ではない桜は、それでもやっぱり綺麗だと思う。
 満開ではないけど、それでもヒロと花見が出来てよかったなぁって、素直に思える。
「綺麗だね」
「じゃの」
「美味しい」
「…ほうか」
 でも。
「何で?花見って…」
 問い掛けると、ヒロは少しだけ目を伏せ、きゅっと唇を固く引き締めたかと思えば、一気に缶の中身を煽った。
「ヒロ?」
「明後日から、洋上業務じゃろ」
「うん」
「学校も始まるんじゃろ」
「うん」
「だからじゃ」
「?」
「…!」
「え?な、何?」
 ヒロが焦れたような表情を浮かべるから、俺も焦って問い返す。
「ワレは聡いくせに、変な所鈍感じゃの!」
「え?何、原因俺?」
 俺が再び問い返すと、ヒロはぐるりと背を向けてビニールの袋を探ると、新しいビールを取り出してパシュ。と小気味の良い音を立てて缶を開ける。
 えーと。
 もしかして、かなぁ…
「…今年の桜は今年だけじゃけぇ」
 あぁ。やっぱり。
 背中を向けたままだけれど、そう口に出してくれたヒロに、そっと近づく。
 抱き締めたら、怒られるかもと思って、でも。
 触れたくて、少しだけ間を置いて後ろに立つと、甘えるように頭をヒロの背中につけた。
「ありがと」
「モト…」
「ヒロがこうしてくれなかったら、花見出来なかったと思う」
「…」
「来年は満開の桜が見れるといいな」
「あぁ」
「一緒に見よう」
 ほんの少しだけ、ヒロの肩が揺れるのが分かる。
 くすりと笑って顔を上げると、ヒロが目元に桜色を刷いて振り向いた。
「キスしていい?」
「…」
 断りは断りでない。
 決定事項の伝達。
 唇を軽く合わせれば、焦れて軽く食まれるから、応えて返す。
「ビール味」
「…喧しい」
 来年も、この先も。
 一緒に桜を。







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